保育園年長の7号も、卒園アルバム政策の時期になりました。
我が家の子どもたちの歴史で、保育園の卒園アルバムはいろいろな製作の時期がありました。
クラスの先生主導で作られて、先生によっていろいろな形態があった、お任せの時代。
あるとき突然、区の方針が変わって、卒園アルバムが作られなくなってしまった時代。
卒園アルバムの製作を、保育園側から母親の手に取り戻し、父母の手で作られ始めた手探りの時代。
印刷屋さんに発注し、かつてすばらしいアルバムを先生の手で作ったように、自分たちの手でアルバムを作れるようになった現在。
どの時代のアルバムも、子どもにとってみれば大事な思い出。
自分の幼稚園の卒園アルバムは、最初の卒園児だったこともあって、ほとんどが幼稚園の宣伝のような写真のアルバムでしたが、それでも大事な思い出。
いつまでも大切にして、いつまでも開いてみていました。
我が家の子どもたちの中で、かわいそうなのは、区の方針が変わって突然アルバムがなくなった年の子。
他の保育園では、その年からがんばって父母で作るように変わったところもあるのですが、うちの保育園は、まったく作らなかったのです。
その子だけ、思い出のアルバムがないのは、なんとさびしいことでしょう。
それは、たった一度のことであっても、そのことは一生のことなのです。
そして、その選択は、子ども自身には出来ない。
大人が選択したことによって、子どもの将来が決まってしまう。
そんな大げさなことではない?
いいえ、その子は今後も一生保育園の卒園アルバムを手にすることは出来ない。
そういう意味で、大人が子どもの一生を決めるのです。
何でこんなことを書いているのか。
今、アルバムを作る、アルバム委員の中で、制作方法でもめています。
印刷屋さんに頼んで、きれいに作るやり方で作らないのなら、アルバムなんて作らないって言い出している方がいて困っているのだと相談を受けたのです。
確かに、卒園アルバムは保育園最後の年の親の最後のイベント。
絶対にこれをやりたいっていう、気持ちが入るのも分かるんだけど、それは誰だって思い入れはあると思う。
本当にきれいにやりたいのなら、全部アルバム屋さんに丸投げして、写真を撮ってもらうところから編集までしてもらう方法だってある。
でも、親の手で作りたいって言う思いがあるから、みんな話し合っているのだと思う。
そして、残してあげるのは、親の手で子どものためにということだ。
思いが強いのは仕方がないけど、誰のために私たちは頑張っているの?
これを忘れては出来ないと思います。
子どものために、思い出を残してあげるために、私たちは頑張るんだと思っています。
作り方でもめているよりも、作ってあげるほうが大切なのではないかと思います。
そんな思いを、次の話し合いでは伝えないなぁ
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