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2009年7月5日 - 2009年7月11日

2009年7月10日 (金曜日)

受験生って(T_T)

追い詰められています。

もう7月も半ばに到達し、先月の模試はちょっと悲しいぐらい出来が悪かった。
直前に勉強したところは、そこそこ点数が取れているのに、ちょっと前に勉強したところはだめ。
あせりますよねぇ

しかも、東京はすっかり夏の気候になり、昨年一昨年をまざまざと思い出す今日この頃。

この後ろ向きの気分を変えるには、何しろやるっきゃない。
努力を積み重ねることで、問題が解けるという成功体験を積むんだぁ!

わかっているんですけど、気持ちばかりが焦ってなんだか手につきません。

そこで、学習計画を練り直してみました。
とにかく模試で出来なかったところをマインドマップにまとめる。
回していない問題集を、2周以上回すようにしていく。
それぞれ、ばらばらでもいいから、少しずつやったことでも積み重ねれば結果に繋がると自分に言い聞かせる。

そして、このイライラした気分を、外に毒としてはかない。
愚痴にしない。
子どもや夫に当たっても、仕方がないのですよ。
でも、イライラと八つ当たりしてしまって、ごめんねぇ~みんな。

毎年夏がこんな具合だと、家族みんなが嫌になるので、なんとしても今年は受かりたい。

そして、受かった後のイメージ。
開業して、営業するイメージを高める。
外に出て、人に話す。自分のビジネスモデルを実現してみる。
成功するための、あらゆる実験をしてみる。

やりたいことをするための、今の受験勉強なのだと、自分自身に言い聞かせる。
試験に受かるための勉強なのではないのだということだ。

やりたいことをやるために、転職と言う再スタートを切ることなんて、ほんの5年ぐらい前には考えていなかったじゃないか。
公務員と言う、この仕事が嫌で、公務員では出来ないことを思い知っていたのに、安定しているから、給料はそこそこもらえるからって、安穏としていた。
でも、もっと稼ぐためにはもう転職しかないんだって。

このまま、昇任して上を目指すのは、自分にうそをついて仕事をすることになるから嫌。
でも、このままここに今の身分のままでいるのももう嫌。

だから、転職しかないのよ。
そのための試験勉強なのよ。
誰かのためでも、誰かのせいでもない。
自分のための、始めの一歩。

よし、なんだかやる気になってきたぞ。
今日もこつこつと、勉強時間を見つけて積み上げます。

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2009年7月 5日 (日曜日)

子どもの時間、大人の時間ー東京の学童保育研究集会ー

本日は、上野の岩倉高校にて、東京の学童保育研究集会に出席して来ました。

午前中の記念講演も、大変感動したのですが、今日のメインは午後の分科会。
なんと、都研で司会デビューですから。

今回の、いつもと違うところ。
今までの座談会は、私を知っている人が、私の話を聞きたくて集まってきたいわゆる身内の応援者。
しかし今回は、誰も私を知らない人ばかり。

助言者で入ってくれた小学校の先生は、4号が小学校1年の時に担任だった先生でとってもいい人。
彼女に助けてもらいながらの分科会でした。

お母さんたちは、やはり子どもに言葉が届かない。
親の思いが通じない。
困らないようにしたいのに、聞いてくれない。
などなど。
親の思いを押し付けて、押し付けていることをよくわかっていなかったようだけど、
参加者のお父さんから、素敵な言葉をもらえました。

子どものスピードと、大人のスピードは違う。大人が早すぎると感じたら、
子どもがついてこられないと感じたら、立ち止まって深呼吸。
頭が冷えたら、子どものスピードに落として話す。
目線は、子どもの目線。

参加者の皆さんには、深呼吸してから話をするが、キーワードだったみたいでした。

話をしているうちに、やっぱり変わらないといけないのは私なのよねと気づくお母さん。
カウンセリングを受けているように、優しい気持ちになれましたというお父さん。
みんな、子育てに煮詰まった時に悩みをシェアすると楽になるって気づいてくれたかな。

解決がつかなくても、子育ての悩みは、みんな同じものを持っているって事を
話すことで肌で感じると、すごく楽になる。
だから、どんな機会でもいいので、話して楽になってもらいたいなぁと感じます。

いや、身内じゃなくても、私のことをまったく知らない人にでも
私の経験談をシェアしなくても、
みんなで話してシェアすることでこういう座談会は成功することを、感じてきました。

また、機会があったらやります。
子育て応援座談会。悩みを語ろう。子育てを語ろうってのを。

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捨てる技術

保育園で、8号の先生から、「8号君は、お友達を殴るんです」と言われ、
迎えに行って私の見ている前で、お友達に手加減パンチ!

見ていて、殴るまねをしているだけなのは十分わかり、2歳になる前なのに、手加減しなきゃならない相手がわかるのかと、感心したのですが、どうもそれがいけないよう。

保育園の玄関先で、7号8号がつかみ合い殴り合いを始めると、先生方が血相を変えてやめさせて、
「お母さん!いつもこんなことしてるんですか?!」だって

男の兄弟なんて、つかみ合い殴り合いのけんかをしないで、どうやって育つんですか?
小さいうちに、殴ると相手も自分もいたいのだということがわかっておかないと、どんな大人になることやら。

そりゃあ、暴力はいけないと思う。
暴力では何の解決もつかない。ましてや、力で解決しようなんてもってのほかだと思ってる。
でもね、男の子って、あふれるばかりのエネルギーを、何かに発散しないと大きくなれないのよね。
それを知ることで、無駄なエネルギーを有効に処理できる。

大きくなってから、弱いものに対して暴力で発散することを覚えられるより、
小さいうちから、拳骨の意味と使い時を覚えて欲しい。
だから、我が家では兄弟げんかはどんなに殴り合っても止めないことにしている。

しかし、保育園では
「先生、十分手加減してますよ。こんなに小さいのに手加減がわかっているじゃないですか」
と言っても、
「よそのお母さんは、そうは見てくれないから、気をつけてください」
だって。

そうか、子どもがのびのびまっすぐ育つことよりも、親からのクレームというリスクをとることが嫌なのか。
保育園にとっては、とりたくないリスクだからな。
でも、我が家の方針を、そんなことで変える気はさらさらない。

こういうときこそ、親は腹をくくる時だろう。
子どもに対して、まっすぐに、そして痛みがわかる人間になって欲しいと思うなら、
それに付随するリスクは受け止めるべきだ。

保育園の先生の言葉は、承りましたと言っておく。
でも、方針は変えない。

たとえ専門家の意見であったとしても、事、保育園のリスクの問題なら話は別。
何でもかんでも、「先生」の言いなりになる必要はない。
受け取ったものを、捨てる自由は私にあるはずだ。
言いなりにならない自由がある。

だから、子どもの保育園での些細な暴力問題のつけは、きちんと払うことにしよう。
そして、言いなりにはならない。

男は拳骨で勝負しろ。
弱いものには、手を上げるな。
殴るなら、その痛みを知ってから殴れ。

拳骨で勝負することの深い意味を、私は息子たちにしっかりと教えたいから。

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